公式facebook
公式twitter
公式Instagram

映画『アポロ11 完全版』2019年7月19日(金)公開

月面着陸50周年記念ドキュメンタリー

監督・編集・プロデューサー:トッド・ダグラス・ミラー 出演:ニール・アームストロング、バズ・オルドリン、ジャネット・アームストロング、マイケル・コリンズ、ジャック・ベニー 他 アメリカ/英語/93分/原題:APOLLO 11/G

NEON AND CNN FILMS PRESENTS A STATEMENT PICTURES PRODUCTION A TODD DOUGLAS MILLER FILM “APOLLO 11” EXECUTIVE PRODUCERS AMY ENTELIS COURTNEY SEXTON EXECUTIVE PRODUCERS JOSH BRAUN TOM QUINN SOUND DESIGN AND MIX BY ERIC MILANO POST PRODUCTION EXECUTIVE PRODUCER WILLIAM JUNKIN COX II PRODUCED BY TODD DOUGLAS MILLER THOMAS PETERSEN EVAN KRAUSS MUSIC BY MATT MORTON TODD DOUGLAS MILLER ©2018 MOON COLLECTORS LLC. ALL RIGHTS RESERVED ©2019 UNIVERSAL STUDIOS. ALL RIGHTS RESERVED 配給:東北新社 STAR CHANNEL MOVIES

STAR CHANNEL MOVIESROPPONGI TENMON CLUB
STAR CHANNEL

月面着陸から50回目の夏、 人類史上最高の興奮がスクリーンによみがえる― 人類史上最も注目されたアポロ11号の月面着陸(1969年7月20日)から50周年を迎える今年2019年の夏。アメリカ公文書記録管理局とNASAで新たに発掘された11,000時間以上もの未公開の秘蔵映像や音声データを基に、前代未聞のドキュメンタリーが誕生した。ロケットの発射前から、月面着陸、そして地球生還までの9日間を詳細に捉えた本作は、50年前の映像とは思えないほどの圧倒的映像美を誇る。人類史に刻まれる奇跡的な達成をこの夏、スクリーンで追体験してほしい。

アポロ11号月面着陸 1961年、冷戦下の米ソ宇宙開発競争の中、アメリカではジョン・F・ケネディ大統領の下、人類を月に到達させるアポロ計画というプロジェクトが進められていた。幾度もの失敗を経て、アポロ11号は1969年7月16日、ニール・アームストロング船長、バズ・オルドリン、マイケル・コリンズの3人の宇宙飛行士を乗せ、地球を旅立った。7月20日に月に到着し、アームストロング船長の有名な「一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な躍進だ」という言葉と共にアポロ11号は人類史上初の月面着陸を成し遂げた。その後、7月24日に地球へ無事生還。全世界で約5億人がその偉業を見守った。

CAST

ニール・アームストロング(1930-2012)
ニール・オールデン・アームストロングは人類で初めて月面に降り立った人物。1930年8月5日オハイオ州ワパコネタ生まれ。1949年~1952年まで海軍飛行士を務めた後、1955年に国立航空諮問委員会(NACA)で勤務する。最初の勤務地はオハイオ州クリーブランドにあるルイス飛行推進研究所(NASAグレン研究センター)であった。その後17年間NACAの航空宇宙局、後のNASAにおけるエンジニア、テストパイロット、宇宙飛行士に従事。
NASAのカリフォルニア州エドワーズ空軍基地フライトリサーチセンターでテストパイロットであったアームストロングはX-15を含む数々の高速実験機のプロジェクトパイロットを務め、ジェット機、ロケット機、ヘリコプターやグライダー等、200種類を超える航空機に搭乗。1962年にNASAの第2次宇宙飛行士選抜メンバーに抜擢され、ジェミニ8号の船長に任命。1965年3月16日、アームストロングと副操縦士のデヴィッド・スコットは宇宙で初めて2つの機体のドッキングを成功させた。
彼はアポロ11号の船長として、人類最初の月面着陸ミッションにおいて、月に降り立ち、月面への第一歩を踏み出した最初の人間となった。
その後、ワシントンDCにあるNASA本部にて宇宙航空学副局長のポストに就き、NASAのリサーチ及び航空学に関連した技術部門全体の責任者に。1971年NASAから退官し、シンシナティ大学で航空宇宙工学の教鞭を執った。その後、1982年から1992年までヴァージニア州シャーロットヴィルの航空に関するコンピューターテクノロジーの会長を務めた。
パデュー大学において航空宇宙工学理学士の学位、南カリフォルニア大学から航空宇宙工学修士号を取得するなど、数々の大学から名誉学位が授与された。 2012年8月25日、心臓血管の手術後の合併症のために82歳で死去。
バズ・オルドリン(1930-)
バズ・オルドリン(生誕時の名はエドウィン・ユージン・オルドリン・ジュニア)は人類で初めて月面着陸したメンバーのひとり。1930年1月20日、ニュージャージー州モントレクレア生まれ。オルドリンはウエストポイントのアメリカ陸軍士官学校を卒業、アメリカ空軍士官学校で勤務。韓国で66回の戦闘任務を行い、ドイツでの従軍期間を終えた後、マサチューセッツ工科大学(MIT)に入学、宇宙航法学で博士号を取得した。修士論文のテーマは軌道ランデブー。
宇宙飛行士となったオルドリンは、1963年10月にNASAの第3次宇宙飛行士選抜メンバーに選出。1966年11月11日、NASAのジェミニ12号ミッションでジェームス・ロヴェルと共に地球を周回し、ジェミニ計画の活動中に船外活動(宇宙遊泳)を初めて成功させた。
アポロ11号の月面陸船のパイロットとして、オルドリンはニール・アームストロング船長と共に、1969年7月20日に人類で初めて月面に着陸し月面探査を行った。
1971年にNASAを退官し、1年後にアメリカ空軍を大佐として退役。自身を“宇宙のグローバルな政治家”と呼び、人類の宇宙探査を何年にもわたって熱心に支援、10冊の著書(月面探査について書かれた4冊を含む)を手掛け、シェアスペース財団、オルドリン宇宙研究所、フロリダ研究所を発足させた。
オルドリンはまた「オルドリン火星サイクラ―」という地球と火星の永続的な周回軌道を持つ宇宙船システムを考案。宇宙ステーション組立図、再利用可能ロケット、複数の宇宙飛行士対応モジュールの3つの特許をアメリカにおいて取得した。現在は国立宇宙評議会のユーザー報告部門に従事している。
マイケル・コリンズ(1930-)
人類初の月面着陸時に月の軌道を周回飛行したマイケル・コリンズは1930年10月31日にイタリアのローマで生まれた。コリンズはニューヨーク、ウエストポイントのアメリカ陸軍区士官学校に入学し理学士の学位を取得。NASAに入る前にはエドワーズ空軍基地で戦闘機の操縦士及びテストパイロットを務めた。1959年~1963年の間、4200時間ものフライトを経験。
コリンズは1963年10月にNASAの第3次飛行士選抜メンバーに選ばれ、ジェミニ10号のミッションにパイロットとして搭乗。1966年7月18日に乗組員のジョン・ヤングと共に新たな高度記録を樹立、アメリカで3番目に宇宙遊泳した人物となり、2度の船外活動(EVAs)を行った。
1969年アポロ11号では司令船パイロットを務め、アームストロングとオルドリンが月面に着陸している間、月周回軌道上で「コロンビア号」の操縦を行った。
1970年1月NASAを退官、国家政務局の次官補に。翌年、スミソニアン研究所宇宙ミュージアムの初代所長に就任。在任期間中、新しいミュージアムの建設を担当し、1976年7月に一般公開された。1978年4月にはスミソニアン研究所の次官にも任命された。
1980年にLTVエアロスペース&ディフェンスカンパニーの副社長に就任、1985年に退職し自身の会社を設立。コリンズは宇宙プログラムでの経験を自伝に残しており、「Carrying the Fire」は宇宙飛行士の書いた著書として最も素晴らしい作品として広く知られている。
ジョアン・H・モーガン
ジョアン・H・モーガン(1940年12月4日生まれ)は、ケネディ宇宙センターで初の女性エンジニア。1969年7月16日のアポロ11号ミッションの打ち上げ制御発射室で働いていた唯一の女性である。センター初の女性上級幹部となり、その後センターの副所長となった。
ユージーン・F・‘ジーン’クランツ
ユージーン・F・‘ジーン’クランツ(1933年8月14日生)は、ミッションコントロールセンターの飛行指揮官としてアポロ11号の初の月面着陸に携わった。NASA第2の飛行指揮官であるクランツはミッションコントロールセンターを指揮し、月へ飛行途中の爆発によって機体が動作不能になったアポロ13号の乗組員たちを無事帰還させたことで知られている。
チャーリーM・デューク・ジュニア
チャールズM・デューク・ジュニア(1935年10月3日生)は、宇宙船通信担当官(キャプコム)としてミッションコントロールセンターでアポロ11号の初の月面着陸に携わった。NASAの宇宙飛行士第5グループのメンバーであり、1972年4月に10番目の、最年少(現在に至っても)のアポロ16号月面着陸パイロットとして月を歩いた。

STAFF

トッド・ダグラス・ミラー:監督、編集、プロデューサー
オハイオ州コロンバス生まれ。ニューヨークのブルックリンを拠点にしたステートメントピクチャーズの創設者兼共同所有者を務め、長編映画やドキュメンタリー、大判のIMAX映画を科学センターや博物館向けに製作。2014年のサンダンス映画祭で初公開され、エミー賞を受賞した映画『Dinosaur13』でよく知られている。他の監督作に『Gahanna Bill』、『Scaring the Fish』『The Last Steps』など。妻と3人の子供たちとニューヨークのブルックリン在住。
マット・モートン:音楽
オハイオ州コロンバス生まれ。作曲家、楽器のマルチプレーヤーであり、エンジニア兼プロデューサー。バンドTheShanteeのオリジナルメンバーである。他作品に『Dinosaur 13』『Scaring the Fish』、『Beauty of the Fight』、『The Last Steps』など。1968年製のムーグシンセサイザーIIIcを含む、楽器にあふれたスタジオに妻のジェンと住んでいる。
ロバート・パールマン:歴史コンサルタント
宇宙歴史家、ジャーナリスト、そして宇宙探検がポップカルチャーとどのようにいつ交差するかという点にフォーカスした宇宙歴史のオンライン出版とコミュニティであるcollectSPACE.comの創設者で編集者。Space.comの寄稿ライターでもあり、2018年にスミソニアンブックスから出版された“Space Stations: The Art, Science, and Reality of Working in Space”の共同執筆者。以前は米国宇宙協会とバズ・オルドリンのオンラインコンテンツを開発し、宇宙観光会社スペースアドベンチャーズの創業を援助。現在は米国宇宙飛行学会の歴史委員、マーズジェネレーションの顧問委員とフォーオールムーンカインドの主要役員を務めている。